放射線治療装置の動きが高度化、人体との衝突予測が困難に
がんは、あらゆる病気の中でもっとも死亡率が高く、1981年
以来ずっと日本人の死因第1位を占めている※。
治療法としては、手術、放射線、抗がん剤、免疫療法などがあ
る。なかでも放射線治療は、患部を切るのではなく、臓器の形
態や機能を温存しながら治療できるため、 QOL(Quality of
life:生活の質)を高く維持できる治療法だ。
ただし、放射線量が多すぎると他の正常な組織を傷つけてし
まう。
「放射線治療の効果を高めるには、患部には十分に放射線を
照射し、他の組織にはできるだけ照射しないことがポイントに
なります。これを追求するために、わたしたちはさまざまな技
術革新を重ね、放射線治療装置の進化にもメーカーと共同し
ながら取り組んできました」と、京都大学大学院医学研究科
放射線腫瘍学・画像応用治療学教授溝脇尚志氏は語る。
まず、放射線量に強弱をつけられる照射技術が登場し、副作
用軽減は大きく前進した。次に、回転しながら放射線量に強弱
をつけられる照射技術が開発され、多方面から放射線を照射
できるようになって、患部への照射集中性が増した。
京都大学医学部附属病院放射線治療科ではさらに、純国産・
最新鋭の放射線治療装置Vero4DRTを導入。患者の呼吸に
よる腹部・胸部の動きを予測して、患部への高精度ピンポイン
ト照射を行う「動体追尾」を実現した。京都大学は、三菱重工
業のVero4DRT(本装置は事業譲渡され現在は日立製作所
が取扱い)の開発に研究段階から連携し、現在同装置は既に
臨床適用されている。
ここで溝脇氏は、動体追尾に加えて、放射線治療装置(照射
回転軸の)上下回転と前後方向への水平回転の 2つの回転
軸を同時に独立動作させることにより、高精度でよりピンポ
イントな波状軌跡照射ができるのではないか、と考えました。
そしてVero4DRTを用いての波状軌跡照射の同時制御プロ
ジェクトをスタートさせた。 2006年から粘り強く研究を重ね、
2016年からは患者への臨床治療に用いている。
「よりピンポイントな波状軌跡照射を制御することで、放射線
に弱い内臓の代表格である腎臓をよけながらの治療もでき
るようになりました」と溝脇氏。
実用に向けて乗り越えなければならなかったのが、干渉チェッ
クの問題だ。
Vero4DRTの照射軸は、最大185度ずつの上下回転、最大
60度ずつ水平回転ができる。しかも、 0.1ミリ単位、 0.1度単
位で動きの距離や回転角度を補正可能だ。ダイナミックかつ
緻密な動きができる。その一方で、患者人体や治療ベッドと
放射線治療装置との衝突を予測することがきわめてむずかし
くなった。
「治療装置と人体がぶつかるのを正確に予測して未然に防ぐ
ために、 3次元干渉チェックのシステム化が急務になりました」
と溝脇氏は説明する。
ダイナミックな動きの正確な干渉チェックを目指して3次元CADを利用
放射線治療は、「治療計画」「放射線照射」、「経過観察」、という
3ステップを踏む。
「治療計画」では、撮影したCT画像上で病変部位の正確な位
置・形状を把握し、どの方向からいくつの段階に分けて照射す
るか、治療プランを練る。
「がんの場所、大きさは、人によってまったく異なりますから、
線量や照射方法も変わってきます。角度や放射線治療の回数
を変えて、多い場合は 10~20通りのプランを作ったうえで、
CT画像を見ながら、患部の状況を考慮して最適な治療プラン
を判断しています」と、京都大学大学院医学研究科人間健康
科学系専攻准教授中村光宏氏は語る。
この治療計画中に、人体とぶつかる危険性もチェックする。
従来は、表計算ソフトを使って独自の干渉マップを作成し、衝
突する危険がある場合は角度や順番を変えるなど、治療プラ
ンを手直ししてきた。
しかし、可動範囲がかなり大きい Vero4DRTの動きを完璧に
把握するのは困難であり、放射線照射の最中に、放射線治療
装置が人体にぶつかりそうな事態に気付くこともあった。そ
の場合は、操作室で放射線治療装置を止め、遮蔽された治
療室を開けて入って行き、患者やベッドの位置を直してモニ
タールームへ戻って照射を再開する。こうしたデッドタイム
で治療時間が長引くと、患者はもちろんのこと、放射線治療
医・医学物理士・放射線治療技師・看護師で構成される治療ス
タッフにも負担がかかる。短時間で照射完了したほうが精度
も高いのである。
「3次元CADを使えば、装置の動きと人体という立体形状と
の干渉を正確に検証できるのではないかと考えましたが、高
価なハイエンド製品を導入するのは現実的ではありません。
SOLIDWORKSには、比較的低コストで研究利用ができる
Research版があることを知り、 2015年、導入に踏み切りまし
た」と中村氏。
SOLIDWORKSは、長年にわたって多数のユーザーに利用さ
れて信頼性が高く、海外を中心に医療現場での利用例も多い
ことなどから、画面が見やすくて医学系の先生・スタッフにも
親しみやすく、さらに、 APIがWebサイトで公開され、アプリ
ケーションの構築しやすさを評価した。