Challenge

がんに対する放射線治療装置の動きが高度化す
るなか、人体と装置との衝突の予測が難しくなっ
てきた。治療日まで患者がいない状態で衝突有無
を確認するため、照射の最中にぶつかりそうだと
気付いた場合、治療中に放射線治療装置を一度
止めて患者の姿勢を直すのに時間がかかってしま
うだけでなく、患者にも負担がかかる。3次元干渉
チェックのシステム化は急務だった。

Solution

SOLIDWORKSをカスタマイズして「干渉チェック
ソフトウェア」を構築した。放射線治療科の先生が
たはCAD操作を一切行うことなく、照射ステップ
ごとに「ぶつかるかもしれない」「必ずぶつかる」と
いう2種類のリスクを正確に把握し、装置と人体
の3次元モデルの動きを画面上で目視できるシス
テムを作り上げた。

Results

  • 放射線治療装置と人体との干渉を正確に把握して、衝突を未然に防げる
  • 放射線治療装置と人体の衝突回避に要するデッドタイムを解消
  • 効率よい干渉チェックのシステム化が、治療計画の意思決定を側面から支援

放射線治療装置の動きが高度化、人体との衝突予測が困難に

がんは、あらゆる病気の中でもっとも死亡率が高く、1981年
以来ずっと日本人の死因第1位を占めている※。

治療法としては、手術、放射線、抗がん剤、免疫療法などがあ
る。なかでも放射線治療は、患部を切るのではなく、臓器の形
態や機能を温存しながら治療できるため、 QOL(Quality of 
life:生活の質)を高く維持できる治療法だ。

ただし、放射線量が多すぎると他の正常な組織を傷つけてし
まう。
「放射線治療の効果を高めるには、患部には十分に放射線を
照射し、他の組織にはできるだけ照射しないことがポイントに
なります。これを追求するために、わたしたちはさまざまな技
術革新を重ね、放射線治療装置の進化にもメーカーと共同し
ながら取り組んできました」と、京都大学大学院医学研究科
放射線腫瘍学・画像応用治療学教授溝脇尚志氏は語る。

まず、放射線量に強弱をつけられる照射技術が登場し、副作
用軽減は大きく前進した。次に、回転しながら放射線量に強弱
をつけられる照射技術が開発され、多方面から放射線を照射
できるようになって、患部への照射集中性が増した。

京都大学医学部附属病院放射線治療科ではさらに、純国産・
最新鋭の放射線治療装置Vero4DRTを導入。患者の呼吸に
よる腹部・胸部の動きを予測して、患部への高精度ピンポイン
ト照射を行う「動体追尾」を実現した。京都大学は、三菱重工
業のVero4DRT(本装置は事業譲渡され現在は日立製作所
が取扱い)の開発に研究段階から連携し、現在同装置は既に
臨床適用されている。

ここで溝脇氏は、動体追尾に加えて、放射線治療装置(照射
回転軸の)上下回転と前後方向への水平回転の 2つの回転
軸を同時に独立動作させることにより、高精度でよりピンポ
イントな波状軌跡照射ができるのではないか、と考えました。
そしてVero4DRTを用いての波状軌跡照射の同時制御プロ
ジェクトをスタートさせた。 2006年から粘り強く研究を重ね、 
2016年からは患者への臨床治療に用いている。
「よりピンポイントな波状軌跡照射を制御することで、放射線
に弱い内臓の代表格である腎臓をよけながらの治療もでき
るようになりました」と溝脇氏。

実用に向けて乗り越えなければならなかったのが、干渉チェッ
クの問題だ。 
Vero4DRTの照射軸は、最大185度ずつの上下回転、最大 
60度ずつ水平回転ができる。しかも、 0.1ミリ単位、 0.1度単
位で動きの距離や回転角度を補正可能だ。ダイナミックかつ
緻密な動きができる。その一方で、患者人体や治療ベッドと
放射線治療装置との衝突を予測することがきわめてむずかし
くなった。
「治療装置と人体がぶつかるのを正確に予測して未然に防ぐ
ために、 3次元干渉チェックのシステム化が急務になりました」
と溝脇氏は説明する。

 


ダイナミックな動きの正確な干渉チェックを目指して3次元CADを利用

放射線治療は、「治療計画」「放射線照射」、「経過観察」、という 
3ステップを踏む。
「治療計画」では、撮影したCT画像上で病変部位の正確な位
置・形状を把握し、どの方向からいくつの段階に分けて照射す
るか、治療プランを練る。
「がんの場所、大きさは、人によってまったく異なりますから、
線量や照射方法も変わってきます。角度や放射線治療の回数
を変えて、多い場合は 10~20通りのプランを作ったうえで、 
CT画像を見ながら、患部の状況を考慮して最適な治療プラン
を判断しています」と、京都大学大学院医学研究科人間健康
科学系専攻准教授中村光宏氏は語る。
この治療計画中に、人体とぶつかる危険性もチェックする。
従来は、表計算ソフトを使って独自の干渉マップを作成し、衝
突する危険がある場合は角度や順番を変えるなど、治療プラ
ンを手直ししてきた。
しかし、可動範囲がかなり大きい Vero4DRTの動きを完璧に
把握するのは困難であり、放射線照射の最中に、放射線治療
装置が人体にぶつかりそうな事態に気付くこともあった。そ
の場合は、操作室で放射線治療装置を止め、遮蔽された治
療室を開けて入って行き、患者やベッドの位置を直してモニ
タールームへ戻って照射を再開する。こうしたデッドタイム
で治療時間が長引くと、患者はもちろんのこと、放射線治療
医・医学物理士・放射線治療技師・看護師で構成される治療ス
タッフにも負担がかかる。短時間で照射完了したほうが精度
も高いのである。

「3次元CADを使えば、装置の動きと人体という立体形状と
の干渉を正確に検証できるのではないかと考えましたが、高
価なハイエンド製品を導入するのは現実的ではありません。 
SOLIDWORKSには、比較的低コストで研究利用ができる 
Research版があることを知り、 2015年、導入に踏み切りまし
た」と中村氏。 
SOLIDWORKSは、長年にわたって多数のユーザーに利用さ
れて信頼性が高く、海外を中心に医療現場での利用例も多い
ことなどから、画面が見やすくて医学系の先生・スタッフにも
親しみやすく、さらに、 APIがWebサイトで公開され、アプリ
ケーションの構築しやすさを評価した。

治療装置と人体との干渉を正確に把握できるということは、治療計画を効率よく立てられるようにすることにつながります。欧米ではがん患者の6割が放射線治療を受けていますが、日本ではまだ3割にとどまっています。さまざまな側面から高精度放射線治療を受けやすい環境を整え、より身近なものにして、日本人のがん治癒率向上に努めていきたい

溝脇尚志氏
京都大学大学院医学研究科 放射線腫瘍学・画像応用治療学 教授 

カスタマイズしやすいから医学領域でも使いやすいSOLIDWORKS

京都大学医学部附属病院放射線治療科は、治療装置メー
カー、SOLIDWORKS販売代理店など、関係各所の協力・サポー
トを得て、「干渉チェックソフトウェア」を構築・運用開始した。
システム構築にはソリッドワークス社が公開している APIと 
VBAを組み合わせて利用した。人体の 3次元モデルは、ソリッ
ドワークス本社運営のサイト「3DContentsCentral」で公開さ
れていたため、これをダウンロードして組み込んで活用した。
放射線治療科の先生がたは、SOLIDWORKSのメニュー操作
は一切行わない。従来使っていた表計算ソフトの干渉マップ
と同じ感覚で、上下移動と水平移動の角度をステップごとに
入力していくだけで、ぶつかると予想されるステップに「NG」
と表示される。しかも、装置と人体の3次元モデルの各ステッ
プの動きは、SOLIDWORKS画面で目視チェックできる。 
NGには2段階を設けた。ぶつかる可能性がある場合は「危険
検知」の欄にNGと表示され、必ずぶつかる場合は「危険検知」
と「衝突検知」欄の両方にNGと表示される。先生がたはこの2
段階のNG情報と目視チェックとを合わせて、衝突回避できる
角度を判断し、入力をやり直して再チェックする。

「思ったとおりのものができました。干渉チェック結果をすば
やく示すことで、照射プランの意思決定を支援できます。産
学連携、医学と工学が協調する『医工連携』の成果でもありま
す」と中村氏は評価する。
試行錯誤もたくさんあった。たとえば、患者の体格が異なっ
ても”正しい NG情報”を出せるように、平均値などの設定を
工夫した。ひじの大きさなどは実際の人体よりも余裕を持た
せた大きめの寸法にして、衝突回避を優先している。また、 
CTスキャナ、治療装置などで用いられる「座標」や「原点」が、 
SOLIDWORKS上での「座標」や「原点」とは意味合いが異な
ることがわかり、システムの完成までには医学・工学間での
ルール、認識、言葉の使い方のすり合わせも必要だった。

 

治療装置のさらなる進化とも連携していく 3次元干渉チェック

「3次元干渉チェック」がシステム化されたことで、装置と人体
の干渉は、効率よくしかも正確にチェックできるようになった。
照射段階になってからの干渉リスクが激減し、照射作業全体
の時間短縮にも貢献している。
治療装置は今後も進化が続く。たとえば治療計画が自動生成
されるようになれば、干渉チェックの重要性は現在より増して、

「全件・全ステップの干渉チェック標準実装」の時代がくるだ
ろうと溝脇氏は指摘する。
また、干渉チェックのシステムを治療装置や 
CT撮影のデータ
とも連携させつつ、臨床を積み重ねていくことで、干渉チェッ
クを含む治療計画のデータベース化や、最適な治療計画判
断の人工知能化も可能になっていくのではないかと、期待は
ふくらむ。

「治療計画をより正確に、より効率よく立てられるようにする
ことは、放射線治療を受けやすい環境を整えることにつなが
ります。欧米ではがん患者の 6割が放射線治療を受けていま
すが、日本ではまだ3割にとどまっています。高精度放射線治
療をより身近なものにして、日本人のがん治癒率向上に努め
ていきたい」と溝脇氏は力強く語った。