精密加工、研究開発の相談を受けお客様のための開発をしてきた。設計はできるし物は作れるのだから私たち自身の製品を作りたかった。自社の得意とする技術を活かせる製品開発は何か試行錯誤していた。
回転する金属を削ることで、回転体に用いられるような部品を加工する精密旋削加工を活かせるのがアナログプレーヤーだった。航空宇宙領域の開発で積み上げてきた振動を制御する技術も活かすことができる。SOLIDWORKS Professionalで設計したデータをSOLIDWORKS Simulationで手軽にシミュレーションして、修正するサイクルを回すことができた。
- 設計スピードが向上し、加工工程での問題が減少した。
- 顧客と画面を見ながら、その場で修正できるようになった。
- ユーザー数の多いSOLIDWORKSだからこそ、顧客とのデータ共有が容易にできた。
1950年創業の由紀精密は、精密加工技術を核として金属部 品の製造加工を手がけていたが、デジタル化や金属部品の プラスチック化のあおりを受けて、業績が悪化していた。 そこを打開するため2006年に開発部を設立し、顧客の図面 どおりに加工するだけではなく、より上流の開発設計・試作 にまで業務を広げることに成功した。その原動力となった のがSOLIDWORKSの採用である。コストパフォーマンスに 優れ、多くの顧客も同じSOLIDWORKSを使っているため、 データのやり取りが極めて容易である点が選定の理由にも なった。 「設計-シミュレーション-修正-再シミュレーション というサイクルを手軽に何度も何度も回して、設計精度 を高められるのがとてもいいですね。また、1つの機能 にたどり着く方法が複数あるのも便利です。宇宙関連の 開発・設計では固有値解析の活用が大変重要になります が、SOLIDWORKS内には物性データが豊富に用意されてい るので助かります」と、永松氏は評価する。設計以外でも PDM Standardを利用して図面の検印、承認プロセスをす すめている。以前ははっきりしたワークフローがなかった が、今では図面のバージョン管理と合わせて設計データを 管理できるようになった。
由紀精密としての製品、アナログプレーヤーを開発
開発部を設立、SOLIDWORKSを活用して、上流工程の開発 設計・試作を手がけることで医療・航空宇宙領域の新たな 顧客を得ることにも成功した。自社の強みを活かして成長 する企業に転換することだけでも大変な努力であるが、永 松氏はそこで満足しなかった。 「由紀精密の持つ加工技術の中でも最も得意とするのは旋 盤加工。つまり回転する金属を削って回転体に使われるよ うな高精度部品を作る技術です。この技術を活かして、由 紀精密のものと言えるオリジナルの自社開発製品を作りた いと考えました」(永松氏) 当初は半導体製造装置の一部となる製品の開発に取り組ん だ。しかし、なかなか思うようには開発が進まない。その 理由を考えると、永松氏自身の熱量が不足しているのでは ないかと思い当たった。単なる自社開発製品ではなく、熱 意を傾けられる製品は何か。そう考えてたどり着いたのが アナログプレーヤーだった。もともとアナログレコードで 音楽を楽しんでいたので、その機構は熟知していた。オー ディオ機器の中でも回転部分のあるアナログプレーヤーな らば、由紀精密が得意としてきた技術開発と精密加工で高 精度のものができるのではないかと考えた。しかし、その 開発の道のりは決して順調ではなかった。当初は経費を使 わずに、少人数でひっそりと開発を進め、ようやく新製品 開発を社内でオープンにできたのは、原理試作機を大坪社 長(当時)にお披露目してからである。 アナログプレーヤーAP-0の開発にあたっては、「アナログプ レーヤーとして何が正しいか」という命題を掲げ、レコー ド溝の情報を100%レコード針に伝え、さらに100%電気信 号に変換されることを目標とした。この命題を自分たちの アイデアと開発力で形にしたことが由紀精密にとって大き な意義を持つ。 開発した部品の中でも特に強みを活かせたのは、レコードを 乗せて回転するプラッターの軸受だ。レコードを回転させる ときに軸受から出るゴロゴロ音を排除するため、プラッター の軸は軸受上にコマのように1点接触で立たせ、軸の周りを 磁力で支える構造にした。また、レコード溝の振動を拾うの はトーンアームの先に取り付けたカートリッジだが、レコー ド針が溝に沿って細かく振動したときにトーンアームもいっ しょに振動してしまっては、溝の振動を正しく拾えない。そ のため、トーンアームの根本にはゆっくりした動きはして も、細かい動きを抑えるマグネット・ブレーキが組み込まれ ている。デザイン面でも旋削を得意とする精密加工メーカ ーであることをイメージできるように円形を強調し、金属 本来の風合いが感じられる製品デザインを採用している。 アナログプレーヤーとしての正しい姿のひとつを追求した AP-0は、オーディオファンに強いインパクトをもたらし た。アナロググランプリ2021特別賞をはじめ、数々の賞を 受賞。また、実際にAP-0の音を聞いた人からは「S/N比が高 い」、「デジタル的な音がするかと思ったら、ちゃんとレコ ードの音がする」という感想が寄せられるそうだ。「レコー ドの溝に刻まれた情報をできる限り正確に伝えることに最も 気を使って設計したので、狙いどおりの評価を頂くことがで き、大変うれしく受け止めています」と永松氏は顔をほころ ばせる。
「SOLIDWORKSは由紀精密の設計には欠かせません。なくてはならないものです。固有値解析、シミュレーションを使って設計効率と品質を上げ、PDM Standardで図面管理もしています。シェアが高いので、お客様とのSOLIDWORKSデータのやり取りが楽に行えるのも大事なポイントです。今後は、クラウド3DEXPERIENCEでアップグレードの手間が省けると、さらに使い
勝手が良くなるのではと期待しています」
開発から加工までSOLIDWORKS製品をフル活用
由紀精密では、技術開発から精密加工の工程でSOLIDWORKS を上手に活用している。 設計では、もはやこれ無しでは設計できないというほど SOLIDWORKSを使い込んでいる。例えば、宇宙関連部品を設 計する際にはロケットの振動に対する固有値解析が問題にな るが、SOLIDWORKS Simulationを使えば、問題がすぐに見つ かり、設計-シミュレーション-修正-再シミュレーション というサイクルを手軽に何度も回せ、設計効率が大きく向上 した。また、物性データが豊富に用意されており、解析もし やすい。 使い勝手の面では、1つの機能にたどり着く方法が複数ある ことが使いやすさにつながっている。例えば、穴ウィザー ドでボルト穴を設定する場合、最初からボルト穴として設 定することもできるが、とりあえず下穴を設定して、後か らボルト穴に変更できる柔軟性がある。 また、SOLIDWORKSを使っているユーザーが多く、そのシェ アが高いのも大変大きなメリットで、顧客とのデータのやり 取りが容易になり、打ち合わせの場で画面を見ながらCAD データを修正できることも設計のスピード感につながって いる。 データ管理では、図面管理にPDM Standardを導入して、検 印・承認を管理するようになった。図面のバージョン管理 も行っている。 CADの選定では、顧客とデータのやり取りがしやすいことを 最も重視した。SOLIDWORKSはユーザー数が多く、データ交 換では不自由しない。機能面では、ツールボックスの使え るSOLIDWORKS Professionalがエンジニアから好まれるとい う。新人研修時のCADトレーニングについても、内容が充実 しているチュートリアル機能を使って、よく使う機能を一通 り覚えてもらえば、すぐに設計の実戦に移っているという。 加工現場では、Mastercamが活躍している。由紀精密では CADを導入する前にCAMを使って加工機械の複雑な制御を していた経験があったので、数あるCAMの中でも最も信頼 できるMastercamを導入した。
今後のSOLIDWORKSについて
業務に欠かせないツールなので毎バージョンの機能強化に 期待する一方で、ハイエンドCADとは一味違って、使いや すく、アナログプレーヤーAP-0ぐらいのサイズの製品を設 計するのにちょうどいいジャストサイズなSOLIDWORKSで あり続けて欲しいと、永松氏は語る。
クラウド3DEXPERIENCEへの期待
「現在のデスクトップ版のSOLIDWORKSは新バージョンが出 ると、必要に応じてアップグレードを行います。しかし、毎 回エンジニアの工数を取られますし、お客様とのバージョン 違いでデータ変換が必要なこともあります。この先さらにク ラウド化が進み、より多くのユーザーが常に最新バージョン を使う環境になれば、こうした問題は解消できると大変期待 しています」と永松氏は語る。 設計データの保存や管理についても「現在は社内のサーバー に保存していますが、クラウド上に保存できれば、オフィス に縛られない、設計の新しいあり方も検討できると思ってい ます」と期待を寄せている。 その一方で1つのデータを複数のエンジニアが扱う際の問題 やその難しさも痛感している。誰かがデータを上書きしてし まったり、穴の寸法が合わなくなったりということが実際に 起きたこともある。データ管理、版管理、コミュニケーショ ンと設計プロセスがうまく統合できると、設計者の働き方は 今後大きく変わるはずと予感している。
由紀精密が目指すべきところ
この5年間での同社の一番の変化は、グループを統括す る由紀ホールディングスが設立され、グループ企業11社 と協業するようになったことだ。ハーネス製造、アルミ鋳 造、3D金属造形・加工などの得意分野を持つ企業が集まっ ているため、ノウハウ共有や共同研究などのシナジー効果 が生まれている。しかし、現在グループ内で設計開発部門 を持っているのは由紀精密だけなので、グループ内で求め られる機能・設備を開発し、全体のパフォーマンスを向上 させる盛り上げ役を目指したい。 今後も由紀精密の製品と呼べる製品開発には注力するが、技 術開発と精密切削加工の企業であることからはブレずに、得 意分野を活かせる製品の開発を手がけていく。 SOLIDWORKSは由紀精密の強みを支えるコアなツールであ り、業容が拡大するにつれ、その重要性は今以上にますます 高まっていくだろう。