Challenge

  • “せいめい望遠鏡”の装置ローテータの開発において、軽量と高剛性というトレードオフの関係にある要件を両立させなければならなかった。
  • 現在も進行中のさまざまな観測装置の開発において、構造解析を伴うデザインが必要で、製造前に説得力のある設計を実現させたかった。
  • 京都大学大学院理学研究科附属天文台3拠点(岡山、京都、岐阜)の技術者が共同で進めるプロジェクトにおいて、場所が離れていても情報共有や進捗管理がリアルタイムにできるツールが必要であった。
  • 国内外の研究者たちとの共同プロジェクトにおいても、同様に情報共有できるツールが求められる。
  • 出張先で作業したいときに、ラップトップPCに膨大なデータを移して持ち運ばなければならなかった。研究会での発表の際も、開示する3Dデータなど使用する画像を予めラップトップPCなどにコピーしておかなければならず、急遽、持参していない他のデータを確認したいときにはなすすべもなかった。

Solution

  • SOLIDWORKSのCAD機能(3D設計・図面作成・解析検証・CAMプログラミング等)の活用。
  • SOLIDWORKS Simulationによるトポロジー最適化機能の活用。
  • 3DEXPERIENCE Works Simulationの解析機能(非線形応力解析)の活用。
  • 3DEXPERIENCE Platform(クラウド)の活用。
  • 3DEXPERIENCEプラットフォーム上のProject Plannerによる情報共有とプロジェクトの進捗管理。

Results

  • トポロジー最適化によりすべての要求を満たす装置ローテータの開発に成功。
  • 観測装置の設計の精度と効率がアップした。
  • 離れた場所にいても共同プロジェクトの情報共有や進捗管理ができるようになった。
  • どこにいても最新の設計データが確認でき、また作業もできるようになった。
  • 研究予算が厳しい状況の中でより魅力的な提案書をつくることができるようになった。

分割鏡・研削加工・軽量架台が特徴の世界初の望遠鏡を独自開発

岡山天文台の“せいめい望遠鏡”には3つの特徴がある。

1つ目の特徴は、分割鏡。“せいめい望遠鏡”は鏡を用いた反射望遠鏡で、天体の光を集める主鏡に日本初となる分割鏡方式が採用されている。分割鏡方式とは小さな鏡を何枚も組み合わせて1枚の大きな鏡として機能させる技術だ。一般的には六角形の鏡を組み合わせるが、“せいめい望遠鏡”では世界で初めて光学性能が高い花弁型の分割鏡を実現した。

2つ目の特徴は、超高精度研削加工。これまで、大型望遠鏡の主鏡はガラス材の研磨によって製造されていて、場合によっては数年もの長い時間を要していた。そこで“せいめい望遠鏡”の分割鏡の製造に、超高精度な研削加工技術を導入。研削だけで精度の高い鏡に仕上ることができるため研磨が不要で、製造時間を大幅に短縮することができた。

3つ目の特徴は、軽量架台。望遠鏡を素早く目標天体に向けるために、架台は軽量で丈夫な構造を採用した。鏡を真下から支える円弧状のレールや、空間建築に使われるトラス構造を取り入れ、遺伝的アルゴリズムを用いて設計を最適化することで大幅な軽量化を実現している。これら3つの特徴は独自の技術だ。岡山天文台では、“せいめい望遠鏡”の開発自体も重要な研究テーマの1つであった。

 

高剛性と軽量化を両立させる装置ローテータ開発への挑戦

“せいめい望遠鏡”の開発においては、研究者や大学院生が分担して各部の設計を進めていった。その中で、観測装置を設置して観測天体を追尾するための装置ローテータの開発を担当したのが、京都大学大学院理学研究科の技術室に所属する仲谷氏だ。

「“せいめい望遠鏡”の架台は経緯台式と呼ばれるとてもシンプルで軽量な構造で、上下方向(高度軸)と左右方向(方位軸)に回転させて天体を捉える仕組みになっています。天体を追尾する際は、天体の見かけの動きに合わせてこれらの軸を動かすのですが、写真撮影などで長時間露光を行うと視野回転という現象が発生してしまいます。視野回転とは、視野の中心を追尾すると視野全体の星がその中心を軸にして円を描くようにブレて写ってしまうという現象です。そこで、視野回転をキャンセルするためのローテータが必要でした」

「トポロジー最適化により、トレードオフの関係にある要求に応える装置ローテータが完成しました」

仲谷 善一 氏
京都大学大学院理学研究科附属天文台 技術室 室長補佐

また、“せいめい望遠鏡”には複数の観測装置が設置される。観測方法や観測対象によって頻繁に観測装置の交換を行う必要がないよう、光路を切り替えることにより装置交換を行うことなく迅速に観測装置の切り替えができる“装置ローテータ”の開発が急務であった。

「要求される精度は、天体導入精度3秒角、天体追尾精度0.25秒角、視野角設定精度0.1度、視野回転補償精度60秒角。搭載される観測装置の総重量は1.5トン前後。装置ローテータには、複数の観測装置を搭載しても要求精度を維持できる高剛性と、“せいめい望遠鏡”の軽量で高速駆動という特徴を損なわないためにできる限り軽量であるという、トレードオフの関係にある要求に応える必要がありました」

 

トポロジー最適化で初期形状を導き出し要求される精度や性能を実現

装置ローテータの開発に活躍したのがSOLIDWORKSだ。まず、構造物の設計を始めるにあたり、おおよその観測装置の大きさや重さ、固定位置、装置フランジの大きさを条件づけしてトポロジー最適化により初期形状を導き出した。そこで得られた形状を元に実用性やケーブルなどの取り回し、ケーブルベアの配置など具体的な部分について検討。構造解析を繰り返しながら最終形状を決定した。

「装置ローテータが完成して間もなく、TriCCS と呼ばれる大型の可視三色高速撮像分光装置が搭載されました。2020年12月に小惑星探査機はやぶさ2と帰還カプセルを“せいめい望遠鏡”と装置ローテータを用いて観測を実行。高速に飛行する帰還カプセルを正確に追尾できる精度と速度を確認できました」取り付け位置や望遠鏡本体にとても近い焦点位置、重量など多くの制約がある中で、SOLIDWORKSの活用により、要求される精度や性能を十分に満たす形で装置ローテータを完成させることができた。」

 

ボルト締結まで解析可能な3DEXPERIENCE Works Simulationの実力

“せいめい望遠鏡”が完成した後には、実際に天体を観測するための装置の設計を進める必要がある。構造解析を伴うデザインを行うために、さらに強力なツールとして導入したのが3DEXPERIENCE Works Simulationだ。

「例えばSOLIDWORKSでアセンブリの構造解析を行う場合は、部品同士は『接着』という形で解析が行われるのですが、3DEXPERIENCE Works Simulationでは『ボルト締結』で、さらにボルトのトルクも静解析に反映させることができます。解析時間を大幅短縮できるだけでなく、締結するボルト本数の最適化、ボルトの締め忘れなどについての解析も行うことができ、製作前からより説得力のあるデータを示すことが可能になりました」

 

クラウドで設計を共有リアルタイムな進捗管理が可能に

3DEXPERIENCEは、ユーザーに合わせて拡張できるクラウドベースのイノベーションプラットフォームを基盤としている。製品開発はチームで行われるもの。チームメンバーがどこからでもアクセスでき連携できる環境があれば、設計効率とコミュニケーションが各段に向上する。

「装置設計において作業を分担して行う場合にProjectPlannerが便利ですね。メンバーそれぞれのタスクがガントチャート形式で表示されるため、業務の分担や進捗の確認に利用しています。岐阜県の飛騨天文台の観測装置設計を行った際には、飛騨天文台の研究者と作業の進捗確認を遠隔でも自然に行うことができました」

 

「観測装置の開発において3DEXPERIENCE SOLIDWORKSは強い味方。クラウドプラットフォームが利用できるメリットも大
きいですね」
- 仲谷善一 氏

 

また、設計データがクラウド上にあるため、場所を選ばず作業が可能だ。

「出張先で作業したい場合、ローカルPCに設計データを入れて持ち運ばなくてはなりませんでした。3DEXPERIENCEならデータがクラウド上に保存されているため、大規模なアセンブリであっても、出張先からアクセスして作業したり研究会の会場で設計データを確認したりすることができます」

作成したデータの保存やバックアップの作成も自動で行われるため、保存忘れやパソコン不具合によるデータ消失といったリスクも押さえられる。

 

世界最大の太陽望遠鏡に搭載する次世代観測装置の設計に向けて

SOLIDWORKSや3DEXPERIENCE Works Simulationを使って、今後取り組みたいことを仲谷氏に聞いた。

 

「アメリカの国立太陽天文台が運営する世界最大の太陽望遠鏡DKISTに搭載する観測装置の開発に着手しました」
- 仲谷善一 氏

 

「研究機関はどこも予算獲得が難しい状況にあります。より魅力的な提案書作成等のためにVisualizeをマスターしたいと考えています」

SOLIDWORKS Visualize を使用すれば、誰でもプロの写真のような高品質画像やアニメーション、3Dコンテンツを迅速かつ簡単に作成できる。製品設計やマーケティング活動により大きなインパクトを与えることができるというわけだ。もちろん、SOLIDWORKSの卓越したCAD機能もフル活用する。

「現在、アメリカNSO(National Solar Observatory:国立太陽天文台)が運用している世界最大の太陽望遠鏡DKIST(Daniel K. Inouye Solar Telescope:ハワイ州マウイ島ハレアカラ山)に搭載するための観測装置NIRTF(近赤外チューナブルフィルター)の設計を進めています。2032年の本格稼働を目指してプロジェクトがスタートしたばかりです。アメリカNSOの方々も納得する装置となるよう解析を含めて今まで以上に使用していきたいですね」